固定観念、ラベルに頼るな。言葉にならなくても自分の思いがあれば大丈夫!フランスの羊さん達が教えてくれた多様性を受け入れるということ

14494812_10154622904783817_2132763505179908809_n

最近、動物と触れ合っていますか?

皆さん動物は好きですか?

私は大好きです!

小学校の頃、飼育委員をしていて

学校のウサギと、

もっとたわむれたいからと言って

「散歩」と称して学校から持ち出して、

ウサギ用のリードをつけて

放課後もウサギと過ごしていました笑

 

でも、大人になってからは

動物と戯れる機会は皆無に近く、

あっても動物園のフェンス越しや、

猫カフェとかでなでたりとかでしょうか

 

今回の海外の旅中に、

動物園やペットショップなどの

商業化された中で動物と過ごすよりも、

友達みたいな感覚で触れ合う経験もしたくて

牧場や犬の保護施設の

ボランティアを探していました

フランスのハムレットのホストさんと出会う

そこで、とあるフランスの超田舎の

ゲレという村より小さな集落で

羊と鶏を飼っているホストさんが、

うちに来ないか

と言うことで声をかけてくださいました

 

みなさん、「羊」と聞いて

どんなイメージがうかびますか?

 

広大な平地で草を食んでいるイメージ?

草原の親子羊

毛皮を刈られているイメージ?

img929_dsc_6125

私もそんなイメージで行きました

 

そこのホストさんが飼っているのは、

1歳のメスの羊1頭と、

3ヶ月のオスの山羊が1頭、

地鶏のきれいな鶏のメスが4羽

以上!

 

え?そんなミニマルな飼い方もあるんだ・・・

とちょっとびっくりしました

 

 

sheep

マークの飼う羊のアウェナ(左)と山羊のヴァラ(右)

 

13644107_10154357228988817_2065493477_n

リモージュ周辺の地鶏4羽

 

ホストさんはブラジル人のマルセーロと言う方

長いので、マークと呼んでいました

 

ブラジルの貧しい暮らしから抜け出したくて、

18歳の時に100ドル(約1万円)だけ持って

一人でアメリカに来て

お金を稼ぎ、貯めながら

大学に入り猛勉強して、卒業し

自分のビジネスをたてて成功していたところ、

今のスイス出身の奥さんと会い、

今はフランス南部に

オリーブ農園を所有して収入を得ながら

フランスとスイスに家を持って暮らしています

13567082_10154346976948817_5536537384945595411_n

そもそも、羊を飼っている目的は

毛皮のためでも肉のためでもなく

単純にマークが「羊が好きだから」らしいです

 

マークは羊のことを学びたくて、

45歳のときに3ヶ月間、

私と同じようにボランティアとして

スペインの羊飼いのもとで過ごして、学んで、

その後フランスの古民家を買って、

奥さんと畑をやりながら

羊と鶏を飼い始めたそうです

marchome

ボランティアでお邪魔したマークの古民家

 

 

 

 

 

 

マークはまず、

羊のメンタルが人間とはもちろん、

他の動物、犬猫とも全く違うのだと

教えてくれました

 

羊は被食動物、つまり、

捕食動物に食べられる動物であるから

警戒心が強く、

素早く動くものに対して敏感に反応すると

仲良くなるには彼らと同じ目線になるよう

体を低くしてゆっくりと動かなければならないと

羊は水にもとても敏感で

汚かったり日光で温まってしまうと

絶対に飲まないので、

こまめに換えることが大事だと

羊や山羊は上の段しか歯がないので

餌をあげるのは平たい容器がよいとか

いろいろと教えていただきました

ヴァラ

 

羊は警戒心が強いから仲良くなるのに

時間はかかるけれど、毎日糞を掃除してくれたり、

ご飯をくれる人のことは

ちゃんと覚えると言うのです

 

わたしは

「へぇー」

と頭ではそう納得しつつ、

感覚としてはものすごく新鮮でした

 

今まで動物とは「仲良くなろう」としても、

動物園でいわゆる”触れ合う”位で、

触って感触を楽しむだけ

 

彼らのマインドや、

彼らが私をどのように捉えているのか

思いをはせることはなかったからです

そう、動物を毛皮や牛乳など

「商品を生み出すもの」としてしか

日常的に関わってこなかったからです

 

自分も「動物が好きだ」といいながら

いつの間にか動物に対する

固まった見方を持っていたと気付きました

 

これって、人間に対しても

言えることだなぁと思いました

他人にとって、自分はどう映っているのか、

自分にとって、他人をどう捉えているのか

考える機会ってどのくらいあるでしょうか?

 

例えば、

「いやみな上司」とか「憧れの先輩」とか

いつしか自分の中でラベルをつけて、

その自分の貼ったラベルを元に接し方が

なんとなく決まっていき、

いつの間にかその行動は習慣化している

・・・と言うことってないですか?

 

私は正直、覚えがあります・・・

ヴァラとのふれあいで見えてきたこと

さて、羊達のお世話が始まりました

始めは羊達のフィールドに入るだけで

驚かれて逃げられていましたが

 

姿勢や動きに気をつけて

毎日お水や餌を換えたり、

糞を掃除していくと、

本当に彼らが私が近づいていっても

慣れてくれるのです

13702491_10210065100083184_651276680_o

ある日、山羊のヴァラが

糞を拾っていた私の脚に額をあてて

思いっきり体全体で押して来ました

 

「うぉお!すごい力!」

 

ホストさんいわく、

山羊のオスは仲間と遊ぶときに

額をお互いにあわせて押し合うそうです

yagi2

 

 

 

 

 

↑こういう感じで。

それは、本来、繁殖時に他のオスと戦う行為なのですが、

子供のオスは遊びで額を使って押し合ったりするようなのです

ヴァラはまだ3ヶ月の子供なので、遊びで額を押し付けて

ようは、「遊ぼうよー」と私に言ってきてくれたのです

マークが

「ヴァラが達志子のことを友達と認識してくれたね!」

といってくれました

 

ヴァラー!ありがとう♥

13931438_10210266547279238_1885555831_o

ヴァラは赤ちゃんの頃から

ホストさんのところで世話をされたこともあり、

すぐに、なれてくれました

 

そしてどう表現するか少々難しいのですが・・

ヴァラから言葉はないものの、

何か伝えようとしている

なんだか分からないけど

なにかを発していることは

撫でているときに

すごく感じるようになりました

 

そして、

ヴァラも私が伝えようとしていることも

何か、どうにかして

受け取ってくれようとしている

ということは感じるのです

13702276_10210065062962256_139044677_o

 

メスの羊、アウェナは

残念ながら子羊の頃に

人間に残忍に扱われた経験があるらしく

すぐ近くに寄ったり、

触ろうとすると激しく嫌がります

 

でも、そんなアウェナも私の前で

お腹がいっぱいで嬉しいときは

ヴァラと一緒に走って、跳ねたり

感情表現をしてくれるようになりました

結構すごいスピード走り出すので、

私も始めはびっくりして

「アウェナ、気が狂ったのか!?」

と思いましたが笑

 

世話を通して、彼らをいつしか、

「毛皮をくれる羊さん」ではなく

「一緒に住んでいる、個性ある家族」

として捉えることが

できるようになっていました

 

この羊さん達との交流を通して見えてきた現代の人間性の機械化された扱い方

この仲良くなる方法とか、

思いを伝えることとか、

他人に気を許せることとか

人間も同じことってあるのではないか?

と考えを深めるようになりました

例えば、

人間も考え方の癖とか、

性格って人それぞれ違いますよね

そして、アウェナみたいに

幼い頃の辛い経験からくる

トラウマがある人っていますよね

 

 

でも、会社という一つの社会体の中で

うまく振舞えないだけで

適応障害とか、

うつ病とか診断されたりしますが、

その診断すること、ラベルを貼ることって

どうなの?って思います

 

そもそも診断して、

その人の症状に名前をつける

ということは、社会がその人を

「扱いやすくする」

と言う目的でしかないように思います

ラベルを貼って、

まるで人間をモノのように扱うための・・・

blank-2970215__340

アナタハ ウツビョウデス

キュウショク シテ イイデスヨ

 

とっても機械的に

扱っているようにしか見えません

 

そもそも、

人のストレスとか、抱えていることって

数字で計れますか?

他者が丸々とそのまま分かるものですか?

病気です、こういう症状です、

と判断して

名前をつけるべきことですか?

 

グラデーションのように境界線がない

人の感情や不安の一部を切り取って

名前をつけて、病気だと診断する

「扱いやすくする」ために。

 

もちろん、医師が診断を下して休職ができたり、

生活の補助とかもらえる人もいるかもしれません

それに助けられている方も

たくさんいるとも思います

それはそれでいいのです。

ただ、私が声を大にして言いたいのは

 

「あなた、そんな診断で

収まっていていい人間なんですか?」

「うつ病って診断で、

あなたの苦しみや辛さや悔しさを

全部表現していいんですか?」

 

ヴァラが言葉がなくとも

何かを訴えかけてきてくれたり

アウェナが不器用ながらも

私に慣れてきてくれて

喜びを表現できていたように、

人も、一人ひとりの多様な感じ方や、

考え方の癖があるのです

 

人は機械ではないのです

 

ラベルを貼って全部を理解できたり

何かアプリをインストールしたら動ける

便利なものでもないです

 

その人間性を前提に、

一人ひとりを理解しようと

努力をするほうが

「うつ病」とか、ラベルを貼って

機械的に人間を計るよりも

よっぽどその人の

自立のためにもなると思うのです

 

いろんな考え方をするのが人間

hands-565603__340

ついついラベルをつけてしまうのも

人間だから当たり前

 

でもそれに甘えないで

自分自身を諦めないで欲しい

 

ひとり一人きっと、

伝えたいことはあって

ありたい姿があるはず

 

言葉にならなくても、

伝えたいことを伝えようとすること

そして

それをきちんと受け取ってあげる環境がある、

ということが大事なのではないでしょうか

 

古代ギリシャのソクラテスたちも、

自由な議論ができる公共の広場を好んで

考え方や思考を深めて

文化を形成していったように、

何でもいえる場、誰でも参加できる場、

伝えたいことを受け取る場が

人の創造性を深め、

育んでいくのではないでしょうか

 

よく、企業が意気込んで

「ダイバーシティに取り組む!」

とか聞きますけど、

言葉にとらわれず、

自分が周りの人につけているラベルをはがしていくこと

そしてラベルの下にあるものに興味をもつことが

多様性の受容にとって大事なのではないでしょうか

 

私達一人ひとりが、

今日、すでに

家族に

友人に

隣人に

同僚に

上司に

実施できることなのではないでしょうか

 

フランスのハムレットで会った

2頭の山羊、羊から私が学んだことです

13620295_10154346974188817_9117254191674672195_n

 

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です