他人は自分の鏡。私がどぉ~してもベッカを受け入れられなかった理由

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どうしても・・・苦手なんだもの

突然ですが、皆さん

苦手な人っていませんか?

 

私には・・・いました

 

 

どぉ~しても、好きになれない人・・・

私にとって苦手な人というと、

 

私に足りないもの全てをもっていそうで

効率よく物事を進められて

人からも信頼されて

人生うまくいってそうな人・・・

なんとな~く

こういうものを感じては、

話してもいないのに、

初めから毛嫌いしていました。

 

 

これってなんで、でしょうね?

皆さんにはいませんか?

そういう人

 

なんでやりにくいんでしょうね?

苦手なんでしょうね?
・・・・・

 

これって、要は、

自分に自信がないってだけなのです

アメリカで会った優等生、ベッカの話

 

大学3年生の時、私は4年制大学に編入しました。
途中から入ったということで、

既に友達蒲生他の学生は出来上がっていて、

私は友人が全く出来ませんでした

 

そんな時に声をかけてくれた子がいました

同じ社会学専攻のベッカ・ウィリアムズという子

becca

彼女はとっても優秀で友達も多い子でした

 

明るく真面目で優しく、

優秀で毎朝5時に起きて

学校内をランニングしたり

ボランティアに精を出したり

 

まぁ絵に描いたような優等生だこと・・・

 

時々彼女の部屋で

晩御飯を大人数で食べたり、

色々声をかけてくれるのです

右上の緑のジャケットがベッカ。右下の赤いセーターが私

右上の緑のジャケットがベッカ。右下の赤いセーターが私

私はこの子に対して、

どう~~~~しても

好きになれませんでした。

 

親切でいい子なんです

でも、なんだか、

友達になりたい、話したい、

とは思えない

 

この時、

自分でもよく分かりませんでした。

 

ベッカは成績優秀であり、

友人も多かったです。

 

でも、ベッカには彼氏はいませんでした

そんな彼女をみて、当時彼氏がいた私は、

 

「よし、この部分で勝っている!」

 

と、必死に自分で優位にたてることを探しては

自尊心を満たしていたものです

 

友人がいない、そんな時に

声をかけてくれた子であるにも

関わらずこんなことを考えている自分・・・

 

そんな自分に嫌悪感を抱いたことを

今でも覚えています

自分に対する見方は他人に対する見方

 

このベッカへの私の見方は、

「他人は鏡だ」という言葉を

良くあらわしているとつくづく思います

 

自分に対しての姿勢は

そのまま相手への姿勢になります

 
自分に対して厳しく駆り立てる人は、

他人に対しても自分の基準を求めます

 

自分の失敗に対して寛容な人は、

他人の失敗に対しても理解する力があります

 

自分を認めてあげられない人は、

他人の足りないところばかり目に付きます

 

 

以前、私は自分に対して

ムチをたたくのが大得意でした

 

 

自分はこんなはずじゃない、

こうあるはずだ・・・

でもできない・・・

悔しい

もっとやらなきゃ駄目だ駄目だ

 

みたいな

 

自分に辛く当たるから

他人にも辛く当たったり、

比べて自己嫌悪になったりする

 

自分が足りていない部分を見て、

足りていないことが「悪い」と決め付けて、

自分の理想との差をみつけて、

自分を裁いている

 

ベッカで言うならば、

あの子はいい子だ

 

でも、でも、でも、

 

あの子は私にないものを持っている、

私はもっていない。

 

もっていない自分が嫌だ。

ベッカを見ると

もっていない自分が思い出される

 

 

見たくない。話したくない。

 
という感じ

私自身が足りない自分を悪い、

劣っていると裁き、

足りない自分への嫌悪感を

ベッカに投影していたのです

 

 

まさしく、鏡です。

 

自分と他人の差を見つけては

悔しがったり苦手意識を持ったりして

日々、悔しい悔しいと

イライラしながら過ごすのです

 

 

自尊心を満たせるのは自分に対する見方から

 

あなたは、

どんな人でありたいですか?

 

もし、自分がどうしても

他の人の何かにイラっとしたり

周りの誰かの態度や姿勢が気になるのならば、

それはそのような態度や姿勢をしている

自分に対してイラっとしている証拠です

 

例えば、

休むことが苦手ならば

休むということが

悪と捉えているかもしれません

 

休んでいる人を見ると、

イラっとするかもしれません。

 

でも、休むこと自体って、悪いことですか?

 

自分に対してイラっとする時間を、

自分を褒めたり、笑顔になる時間に

少しづつでも変えられたら、

それは他の人を褒めたり認めたりできる、

ということなのはないでしょうか

 

自分の足りないところも

自分の一部だと認められたら

等身大の自分を愛することが出来たなら

イラっとする時間って、

徐々に減ってくるような気がします

 

イラっとする時間と、

笑顔になる時間

 

どちらがあなたの人生で欲しいですか?

 

周りの人にイライラしていたいですか?

 

笑顔を見せていたいですか?

 

 

選んでいるのは、あなたです


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