異文化交流なんてできない。その前に必要なことは●●を存分に理解すること。

これを機にすっかり仲良しになったデニース

 

「異文化交流?」

「異文化交流」

久しぶりにこの言葉をとある機会に目にしました。

people-2557396__340

海外に渡航する前、

私はこの5文字に

何だか漠然としたキラキラしたものを見ていました

わたし
自分と異なるものを見たら何だかウキウキしそう!

交流したら、違う世界を見たら、なんか面白いことがあるかも!

刺激を受けて、自分自身ががなんか良い方に変わるかも!

 

そんなことを思っていました。

 

でもアメリカで4年、韓国で4ヶ月過ごし

世界16カ国をボランティアをしながら旅した今、

この言葉について思うことがあります

それは

「異文化交流?それをする前に自分理解でしょ?」

と思うようになりました

とあるミーティングで学んだこと

 

私が大学4年生だった時、

とあるミーティングがあり私はそのまとめ役になり

1回目にラウンジに12時に集まることになりました。

 

12時ぴったりに集まらないと、

時間がギリギリで話がまとまらないと困るので

メンバー全員に12時に集まるように言いました。

特にメキシコ系のヒスパニックのこたちは

遅刻常習犯なので、念入りにNO LATE!!!

遅刻のないように!と言っておきました・・・

 

 

結果、見事に全員12時に集まりませんでした

time-3222267__340

ヒスパニックの子たちは12時20分に到着

・・・・

うまくいきませんねー^^;

 

そこで私が怒ることは簡単でした

「12時に来てって言ったでしょ!?

みんなが待ってる時間がもったいないでしょ!?」

と。

 

時間厳守をヒスパニックの子達と再確認し、

さぁ2回目のミーティング。

結果は・・・・

1回目と全く同じ

遅刻魔の彼らは急いでくるものの、

特に申し訳なさそうにもしていません

彼らに私は怒り、そして呆れたことを覚えています。

 

3回目も同じことを繰り返すのが嫌だったので、

どうするか悩みました。

 

そこで、以下のようにヒスパニックの子達に言いました

「今回の集合は11時30分だよ!」

 

結果・・・・・・・

 

なんとぴったり12時に全員が揃いました!

 

ヒスパニックの子達はいつものように慌てて来たところ。

他のメンバーが今ついたばかり、という空気に驚いていました

そこで私が、30分前に集合するように

わざと言ったことを告げると、

「なーんだ!」と驚き、

そして、

そんな風に考えさせてしまってごめんなさい、

と謝ってきました

これを機にすっかり仲良しになったデニース

これを機にすっかり仲良しになったデニース

相手をまず理解しようとすること。すると自分が見える

そもそも、本当の時間を告げないことは

真摯ではないのでは?と思いました

 

ただ、私の中では彼らに時間通りに来るようにといった時に

「時間ぴったりに来ること」が正しいことである、

ということを彼らに押し付けているような気がしたのです

 

メキシコや中南米の人は

とてものんびり屋さんが多いと聞きます。

 

食事の時間はたっぷり2時間取り、

学校の授業も先生が遅刻してくるのが

日常茶飯事だとあとから聞きました

 

そんな彼らのバックグラウンドに思いを巡らせて、

どう関わったら時間通りにミーティングを始められるか?

うまくいくか?と思い、とった選択が

彼らに早めた時間を告げる、ということでした

 

自分の「正しい」は相手の違和感?

 

日本人の時間厳守のマナーは素晴らしいと思います

ただ、

時間厳守が当たり前だ、良いことだ、素晴らしいことだ、

イコール日本人は素晴らしい、みたいな価値観でいると、

他の文化で育ってきた人たちの行動に対して

驚いたり理解できなかったり

私のように呆れたりするかもしれません

stress-2902537__340

ひと昔前、中国の電車の中で、

食べ物の包装紙を捨ててしまうマナーに対して

日本のメディアがバッシングする記事を見ました

 

私は違和感を覚えました

 

日本だって、今でこそ駅に

お手洗いやゴミ箱などが整備されましたが、

昔は社内にお弁との箱などをゴミ箱がないから

床においていたと私は母から聞いていたからです

日本でも経済発展の途中の時は

なんら中国の電車と変わらない風景があったわけです

 

いかにも日本の優位性とか発展を

無理やり際立たせようとしている痛い記事だと思いました

 

異文化交流の前に自己理解

 

正しさや心地よさは人によって異なります

人の行動の背景には、

その国やその人たちの文化や人柄があります

personal-2923048__340

それは優劣をつけるものではなく

その人たちの信条や習慣の単なる1つのかけらだと思います

 

私がヒスパニックの子達に呆れたような違和感を

もしどこかであなたが覚えたとしたら、

それは自分自身を深く知るチャンスです。

 

これは日本人同士でも同じことが言えます

私が日本人の時間厳守が当たり前だ、

という価値観が正しいと思い込んでいたことに気付いて

ヒスパニックの子達の生活習慣に

目を向けることが出来たように

自分の価値観や考え方を知ることが出来ると

他者のことも他者として

ありのままにみることができます

 

ただ、自分の価値観や自分の価値観のみが正しいとか

それが正解だ、とか言う考えを握っていると

他者のことをありのままに理解することは

なかなか難しいのではないでしょうか

 

私が呆れたまま、怒りを覚えたままだったら、

ヒスパニックの彼らに

思いを馳せることは難しかったでしょう

 

異文化に接するということは、

私たち自身を良く知る機会となりえます

海外から帰ってくると

日本のことに興味をもつ人が多いのはこのためかと思います

 

異文化交流をする前に、

まず人としての他者理解を前提とすると、

より深みのある自己理解と他者理解、

そして異文化理解、そして交流が

可能になってくるのではないでしょうか

 

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です